こんばんは、現在、情報が混沌としていて、
どのような方向に落ち着いて来るのか、見えない状況です。
が、そんな時こそ、
地に足つけて生活する。
あるいは生活を地に足つけたものに見直す。
ことは大切と考えております。その意味で、日本において、
元々の食の中心であった
玄米は 非常に見直されるべきものと思いますので、
情報提供させていただきます。

前回までの リンク

個人的な見解ですが、ウィルスに感染して、重篤化してしまう方と
感染せず、また感染したとしても重篤化しない方の
大きな違いは、科学的な言い方ではないですが、
「生命力があるかないか」
これに限ると思います。
医学の現場で重要になる視点は、
「病気かどうか」 であります。
病気ではない状態であれば、医師は、とたんに関心レベルが落ちてしまいますが、
病気ではない人間が、病気になるリスクにさらされる感染症において
生命力があるかないか、この視点が非常に重要だと考えます。

これは、人間として、原点に帰らないとわからない視点ではありますが、
地に足をついている人間にしてみると「当たり前」の視点でもあります。
スポーツ選手が、手洗いなどしてプロ意識高くしていたのに
感染してしまって、情けない
というコメントがありましたが、そこには、
人間として当たり前の盲点となっている視点が、あるのかもしれません。
スポーツ選手として体力があることと、
生命力があることは、
視点が少し違うのだと思います。

例えば、人間に手間暇かけられて丁寧に育てられた種無しの糖度が高い大きな柿の実
より、 野生の柿の実の方が、生命エネルギーとしては、強い場合があります。

これは、
命に対する感覚なので、なかなか僕自身勉強不足で、
科学的に説明し辛いですが、
目先の生命現象ではなく、
実際命に向き合っている方には、
わかっていただける話だと思います。

ひとまず、3密を避けて、病気から逃げることはとても重要ですが、
感染症にかかりにくい状態はどのような状態かという視点も大切だと考えます。
いつまでの逃げてばかりだと、経済活動いや人間活動が ほとんどできなくなってしまうのは
明らかだからです。

加藤貴弘

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